大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)442号 判決 1979年3月23日
控訴人
吉井亀一
右訴訟代理人
中谷茂
被控訴人
高地工具株式会社
右代表者
高地健
被控訴人
株式会垣内石油
右代表者
垣内宏彦
右両名訴訟代理人
三橋完太郎
渡部孝雄
主文
原判決中控訴人に関する部分を取り消す。
被控訴人らの控訴人に対する各請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実《省略》
理由
一被控訴人高地工具は機械工具の販売を、被控訴人垣石内油は石油類の販売を各業とし、それぞれ訴外株式会社日本鉄進製作所(以下日本鉄進という)に対し各取扱商品を継続的に販売し、被控訴人高地工具は昭和四八年八月二一日から昭和四九年三月一四日までの間に代金合計四九四万〇二四二円相当の、被控訴人垣内石油は昭和四八年一一月二一日から昭和四九年三月一九日までの間に代金合計七六万八八七八円相当の各商品を売渡し、それらの代金債権の履行期は遅くとも昭和四九年八月末日には到来していたこと、日本鉄進は昭和四九年三月上旬手形不渡処分を受けて倒産し、同月一九日解散したこと、控訴人は昭和四二年六月二九日に日本鉄進が設立されてから右解散時まで引続きその取締役の地位にあつたことの各事実は当事者間に争いがない。
二<証拠>によると被控訴人らはいずれも、右日本鉄進の倒産によつて、前記各商品代金の支払を受けることができなくなり、これと同額の損害を被つたことが認められる。
三被控訴人らは、右各損害につき、商法二六六条ノ三第一項に基づき取締役である控訴人にその賠償を請求するので判断する。
1 商法二六六条ノ三第一項は、取締役において、悪意又は重大な過失により、取締役の会社に対する受任者としての善管注意義務(商法二五四条三項、民法六四四条)または忠実義務(商法二五四条ノ三)に違反し、これによつて第三者に損害を被らせたとき、その任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当の因果関係があるかぎり、そのいわゆる間接損害であると直接損害であるとを問わず、当該取締役が直接に第三者に対し損害賠償の責に任ずべきことを規定したものである(昭和四四年一一月二六日最高裁判所大法廷判決・民集二三巻一一号二一五〇頁参照)から、本件においても、控訴人に損害賠償義務が生ずるためには、控訴人に「悪意または重大な過失による任務懈怠」があり、それと被控訴人らの前記各損害との間に「相当の因果関係」が認められなければならない。
2 そこでこれを本件につき按ずるに、<証拠>を総合すると次の事実が認められる。
(1) 日本鉄進は昭和四二年六月ころ訴外松崎章(以下章という)が自動金網機の製造販売等を目的として設立し、後昭和四六、七年ころからコンニヤク製造機の製造販売を始めたものであるが、取締役は、代表取締役が章一人であり、その他はその妻靖子と控訴人の二名だけであつた。控訴人は土地家屋調査士であつて、右会社の業務上の知識経験を持ち合わせていたわけではないが、右靖子が控訴人の妻の姪であつたことから請われて取締役に就任したものの、何ら出資をしたものでもなく、また取締役報酬を受けたこともなかつた。
(2) 日本鉄進の経営は事実上、章のいわゆるワンマン経営であつて、正規の取締役会が開かれるというようなことはなかつたが、控訴人は月一回ぐらいの割合で会社を訪れ、その都度章から概ね口頭で業況の報告を受け、いつもうまく行つているといわれており、また時には帳簿を見せられたこともあるが、その記載が整つていなかつた上、控訴人自身経理上の知識に乏しいためその内容の詳細を把握し得ないまま右章の言を信じ、それでも自分が年輩者である(昭和四八年当時で章は三五才、控訴人は六三才)ことから、間違いのないやり方をするようにとの一般的注意を促していた。
(3) ところが、日本鉄進は昭和四七年ころから人件費や諸経費の値上りに価格調整が追いつかず、徐々に業績が落ち込み、昭和四八年六月の決算期には、約二〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円の損失が出、下請の工賃や資材の仕入等についても期日の長い手形で支払うようになつていたが、章においては、会社の積極資産は一億二〇〇〇万円ぐらいあると踏んでいて、コンニヤク製造機の売行き自体は必ずしも落ち込みを見せないことなどから、更に他に新製品を開発したり人手を減らせば、何とか切り抜けられると楽観し、前記月一度の控訴人に対する業務報告においても右欠損になつている事実を隠していた。
(4) かくて章はその営業を継続し、前記コンニヤク製造機の売れ行き自体には著しい落ち込みはなかつたにも拘らず、そのころ経済界を襲つたいわゆる石油シヨツクの影響による諸経費、資材費の高騰に対し適切な価格調整の機を失つたことと、そのころ、とくに昭和四八年末ころから昭和四九年始めにかけて訴外宝株式会社と約三、〇〇〇万円に上る融通手形の交換をし合い乍ら、他方取引銀行から融資枠の制限を受けたことなどが重なつて、昭和四九年三月に入つて遂に不渡を出して倒産の止むなきに至つた。
(5) 日本鉄進が被控訴人高地工具から仕入れた商品は、コンニヤク製造機につけるモーター、ナツト等の部品、被控訴人垣内石油から仕入れた商品は右製造に必要な石油であつて、いずれも、コンニヤク製造機の製造販売の継続上欠くことのできない商品であつた。
<証拠>中右認定に反する部分は措信できない。
3 右認定の事実によると、控訴人は日本鉄進の業務を章一人に委せきりにして、これに具体的に関与したことはなく、また正規に取締役会の開催を求めたこともなかつたが、これに代るものとして、概ね月一回ぐらいの割合で章と会合し業況の報告を聞き、これに対し間違いなくやるよう注意を促していたところ、章のうまく行つているとの報告と主力商品たるコンニヤク製造機の製造販売自体が著しい落込みもなく継続されていて、外見上普通に稼働していたことから、前認定のような業況の悪化に気付かず、章の業務執行に対し右以上に具体的な監督と介入を遂げなかつたことが認められる。
してみると、控訴人が左様な概ね月一回の主として口頭による業務報告を是としてこれに何らの疑を持たず、それ以上の強い監督と介入を遂げなかつた点においては、会社に対し任務懈怠を問われても止むを得ないものがあるけれども、他方出資もせず、報酬も受けず、ほとんど名目上の取締役として名を連ねたに過ぎず、会社業務についての専門的知識経験も有しないなど、前認定の日本鉄進の役員構成の中における控訴人の立場に徴すれば、控訴人と章との年令差を考慮に入れてもなお、本件における右控訴人の任務懈怠につき、商法二六六条ノ三第一項にいう「悪意又は重大な過失」が存したものとみることはできない。
また前認定の事実によれば、仮に当時控訴人が正規に取締役会の招集を求めて、その経理内容の報告を受けていたとしても、その席で章から前認定のような見透しに基づく事業継続の方針を聞かされれば、コンニヤク製造機の売上げ自体に著しい落込みのない現況と併せ、当業界の精通者でない控訴人としてはやはりこれを是とせざるを得なかつたとも考えられるのであつて、本件においては、控訴人の前記任務懈怠がなければ、章をして被控訴人らとの本件各取引を止めさせ、若しくは日本鉄進の倒産を回避し得たものとは必ずしも速断し難く、前叙、「相当の因果関係」の存在も疑わしいものとしなければならない。(なお昭和四八年五月二二日最高裁判所第三小法廷判決・民集二七巻五号六五五頁の事案は、代表取締役が独断で事業拡張の資金獲得のため融通手形を振出したところ、相手方にだまされて、一銭の資金も得ることができず、手形債務だけを残して倒産した場合であつて、前記融通手形の交換が倒産の主因であるとは認められない本件の先例となすことはできない)
4 右1ないし3に認定および判断したところによれば、被控訴人らの前記各損害につき、控訴人に商法二六六条ノ三第一項に基づく損害賠償責任が存するものとは認められない。<以下、省略>
(山田義康 潮久郎 藤井一男)